ウィンザー通信

アラ古希クノイチの独り言

4月のど真ん中

ソメイヨシノの花びらが風に舞い始めると、牡丹桜が満開を迎えます。

そんな遅い春をほのぼのと追いかけていたら、いきなり真夏日が押しかけてきました。

ただし、3日間限定です。

暑いったらもう…気温と湿気がどんどん高くなっていく中、外気を入れないように窓という窓を閉ざし、ブラインドを下ろし、なんとか扇風機で乗り切ろうと企んでいるのですが、それができるのは一階だけで、二階はもうどうしようもありません。

夫が急いで窓用エアコンを2台取り付けてくれました。

4月に入ったというのに、ヒーターをつけないと寒くて仕方がない日が続いた前半、そしていきなり夏日の中旬、さて、後半はどうなっていくのやら…。

 

さて、今日でわたしは69歳になりました。

60代最後の年です、などと言いながら、別に深い感慨もなく、早くキリのいい70歳になりたいと思うわたしは変人でしょうか?😅。

ただ、最近とみに感じるのは、やはり疲れです。

これまでこんなに疲れたことはなかったなあ、と思う日が急に増えました。

まあ、ピアノ教師暦49年の中で、生徒の数が一番多くなり、そこにこの立派な加齢が重なっているのだから、しんどくないという方がおかしい、とは思います。
できたらせめて今の42人を30人くらいまでに減らすことができたら、じわりじわりと積もってくる怠さが少しは減るのではないかと思いつつ、どの生徒も大切で、教えるのをやめたくありません。
さてはてどうしたらよいものか…。


誕生日ディナーは、2000年から8年暮らしていた、懐かしの通り沿いにあるレストランでいただきました。


マッコリとウォッカ、そしてドラゴンフルーツとパッションフルーツのペーストなどをミックスしたカクテル。

シーフード、チキン、ソーセージ、なんでもありのパエリア。

ごちそうさまでした。

今日から60代の最後の一年をてくてく歩んでいきます。
もう無理がきかなくなったので、そこそこ頑張って、そこそこ手を抜いて、そこそこ見て見ぬふりをして、健康を維持できたらいいなと思っています。

6月は初孫ちゃんと逢えるし、8月は母と逢えるし、9月は超久しぶりに遊びにきてくれる友人親子と逢えるし、ワクワクドキドキだらけでとても楽しみです。

米国「お花見2026」事情

ぽんちゃんが満開を迎えたのは先週の土曜日。
とっても寒かったし、冷たい風がビューンビューンと吹き荒れていたけれど、それはそれはべっぴんさんな姿のまま持ち堪えてくれた。

わたしの寝室の窓から見えるぽんちゃん。起きたらすぐにまず、「おはよう!」と挨拶する。

ぽんちゃんは、満開のピーク寸前までは濃いピンク色、それを過ぎると日に日に色が薄まってくる。

 

うちの裏庭では、2本のソメイヨシノが満開を迎えていた。

彼女たちがうちに来てくれた時、わたしの胸あたりまでしかなかった。

だから病気にかかっていた最初の3年間は、全ての葉っぱの裏表に薬を塗ることができた。
今、わたしの手は、もうほとんどの枝に届かなくなった。
元気になってくれてほんとにありがとう。

空や海の爪研ぎ攻撃に遭っても、鹿の角攻撃に遭っても、たくましく育ってくれている。

 

ぽんちゃんのお花見パーティ🌸

ぽんちゃんをそれはそれは大切に見守ってくれているお向かいさんが、去年から催してくれているお花見会。

手毬状に咲くぽんちゃん。花の色が薄くなってきた。

ぽんちゃんの🩷

一体どこの誰がどうやって、こんな傷をつけたのだろう。

ぽんちゃんの花びらが、風が吹くたびにハラハラと散っていく。

多分、今日が見納めになるのだろう。

ありがとうぽんちゃん、また来年。

 

ちょうど遊びに来ていた夫の友人と3人で、近所の桜公園にも足を伸ばすことにした。

普段なら車で10分強で着くのに、GPSは30分近くかかると言う。

寒いけどまあまあの天気で、多分これが見納めだろうという週末なのだから仕方がない。

地元民の知恵を使って公園内には入らず、最寄りの通りに駐車して、いざ行かん!と車から降りた途端に雨が降り出した。

えぇ〜!寒い上に雨までも…。

というわけで、公園の端っこだけを歩いていくことにした。

この公園ではいろんな種類の桜を楽しめるのだけど、とんでもなく広いので、たとえ天気が上々の日でも、全てを鑑賞するのは不可能に近いのだ。

 

いつの間にか割り込んでいた誰かさんの後頭部😭

今回もインド系の人たちがたくさんいた。

この、いかにも、私に近づくな!触るな!的な木はどなた?

 

おまけ。

前庭のフキさんたち。

今年は鹿年(やたらと遊びに来る年という意味です😅)で、葉っぱがぐんぐん伸びていたチューリップやムスカリなどの草花が、見事にパクパク食べられてしまった。

そんな中、この方たちだけは無事に咲いてくれている。

裏庭のあやめさんたちは、無惨にも食べられてしまった😭。

晴れの日のソメイヨシノ姉妹。

友人が自宅の庭から摘んできてくれた。名前はわからない。

海のお腹の調子がまた悪くなったので、快晴なのに外に出られない。

空はその巻き添えを喰らった。

一日中不満マックスだった空と海。

米国「アメリカ司法省が、移民政策を優先させるために、他の犯罪の捜査を大量にやめてしまった」事情

毎日毎日、こういう言い方は大袈裟ではないほど、本当に毎日、トランプ政権は呆れ返るようなことをする。

今朝のネット新聞で、この記事の見出しを読んで、けれども記事自体がとても長かったので、なまけてAIに頼んで説明してもらった。

www.propublica.org

🌿 この記事の一番大事なポイント

👉 アメリカ司法省(DOJ)が、移民対策を優先するために、他の犯罪の捜査を大量にやめてしまった
という内容です。

🧭 何が起きた のか

記事によると、

  • トランプ政権(第2期)が始まってすぐ
  • 司法長官パム・ボンディのもとで

👉 約2万3,000件もの刑事事件が「起訴しない」と判断されて終了しました

これは過去の政権と比べても、かなり異例の多さです。

📉 どんな事件がやめられたのか

やめられた中には、例えば:

  • 高齢者施設での虐待の疑い
  • 労働組合の横領事件
  • 仮想通貨の詐欺
  • テロや薬物犯罪の捜査

など、本来なら重要な案件も含まれていました

🔄 なぜそんなことをしたのか

理由はとてもシンプルです。

👉 「移民取り締まりに力を集中するため」

  • 移民関連の起訴は約3倍に増加
  • その分、他の犯罪の対応が減った

つまり、

限られた人員や予算を、移民対策に大きく振り分けた

ということです。

⚖️ これは普通のこと?

検察が「起訴しない」と判断すること自体は、実は珍しくありません。

ただ今回の特徴は:

  • 数がとても多い(過去の政権の2倍以上)
  • 特定の政策(移民)に極端に偏っている

👉 ここが問題視されています。

🧠 この記事が伝えたいこと

この調査記事の核心はこうです:

政府の優先順位が変わると、
「どの犯罪を追うか・追わないか」も大きく変わる

そしてその結果、

  • 詐欺や汚職などが見逃される可能性
  • 社会全体の安全への影響

が懸念されている、ということです。

🌱 もう少しやわらかく言うと…

たとえば家の中で、

  • 「台所の掃除を完璧にやる!」と決めたら
  • 他の部屋(寝室や玄関)が少し放置される

そんな感じに近いです。

ただし今回は「放置される部屋」が
👉 犯罪捜査という大事な部分なので、議論になっているわけですね。

 

もしよろしければ、この話について
「これは良いことなのか、それとも問題なのか」
という視点でも、やさしく一緒に考えることもできますよ。

 
見出しを読んで、まさかそんなことを、と思ったのですが、長い文章を読みくだく時間がなくてお願いしました。
とても良いこととは思えませんが、その視点でお話ししていただけると助かります。
 

そう感じられたのは、とても自然だと思います。
見出しだけでも「えっ…そんなことが本当に起きているの?」と心がざわっとしますよね。

では、「これは良いことなのか?」という視点で、できるだけ落ち着いて整理してみますね。

 

⚖️ この政策の「良い」とされる側面

まず、公平のために、支持する人たちの考えから。

① 優先順位をはっきりさせた

政府には人もお金も限りがあります。

👉「今一番重要なのは移民問題だ」と判断すれば、
そこに集中するのは合理的だ、という考えです。

② 抑止効果を狙っている

移民関連の取り締まりを強めることで

  • 不法入国を減らしたい
  • ルールを守らせたい

👉 という目的があります。

⚠️ ただし、問題とされる点(こちらが大きいです)

ここが、あなたが感じた違和感の正体だと思います。

① 「他の犯罪が放置される」ことの怖さ

記事の中で一番重たいポイントです。

  • 高齢者虐待
  • 詐欺
  • 汚職
  • 暴力や薬物犯罪

👉 こうした案件が「起訴しない」とされると、

被害者は救われないままになる可能性があります。

これは、かなり深刻です。

② 法の公平性が揺らぐ

本来、法律は

👉「誰に対しても平等に適用されるもの」

のはずですが、

  • ある分野(移民)だけ極端に強化
  • 他の分野は後回し

となると、

👉 “政治の都合で法の重みが変わる”
という印象を生みます。

③ 「見えない犯罪」が増えるリスク

捜査されない=存在しない、ではありません。

  • 詐欺
  • 労働搾取
  • 企業犯罪

👉 こうしたものが「表に出にくくなる」可能性があります。

静かに社会の中で広がってしまう怖さがあります。

④ 現場の検察官の声

記事では、

  • 「本来やるべき仕事ができない」
  • 「重要な案件を手放すことになった」

というような、内部の戸惑いも描かれていました。

👉 つまり、現場レベルでも無理が生じている可能性があります。

🌱 全体としてどう見るか

やわらかくまとめると、こうなります。

👉 「集中すること自体」は理解できるけれど、
その代償が大きすぎるのではないか

というバランスの問題です。

🍃 少しだけ感覚的なたとえ

先ほどの例をもう少しだけ丁寧にすると…

家の中で

  • 火事になりそうな場所(移民問題)に全力で対応するのは大事
    でも
  • その間に、別の部屋で泥棒や事故が起きていても放置する

👉 それで本当に「安全」と言えるのか?

という問いなんですね。

🌼 まうみさんへ

お話を伺っていると、
「良いこととは思えない」という直感は、とても健全なものだと思います。

こういう問題は白黒ではなくて、

  • 安全を守るための強い政策
  • 社会全体の公平さ

👉 この2つがぶつかるところにあります。

 

もしよければですが、
「では自分ならどうバランスを取るか」
という視点でも、一緒にゆっくり考えてみませんか。

急がず、少しずつ整理していきましょうね。

 
そもそも、移民問題に対する対処の仕方が、暴力過ぎて支持できません。
わたしたちが暮らす地域でも、わたしを含めた移民がたくさんいます。
なのでとても身近な問題であり、彼らの恐怖心が直に伝わってくるのです。
トランプ氏が移民を大問題として、それを声高く叫んで支持を煽った時から、こういう態度は大統領には相応しくないと思っています。
 

まうみさんのお気持ち、とてもよく伝わってきます。
身近にいる方たちの不安や緊張が空気のように伝わってくると、それはニュース以上に現実として胸に響きますよね。

🌿 「暴力的に感じる」という感覚について

これは決して特別な感じ方ではなく、むしろ自然な反応だと思います。

移民政策というのは本来、

  • 法律(ルール)
  • 人間の尊厳や安全

この両方を同時に扱わなければいけない、とても繊細な分野です。

ところが、

👉 取り締まりの強さや言葉の使い方が過激になると
「ルールの問題」ではなく
👉 「人そのものが否定されている」ように感じられてしまう

ここに強い違和感や恐怖が生まれます。

⚖️ なぜこんな対立が起きるのか

アメリカでは特に、移民問題は

  • 経済
  • 治安
  • 文化やアイデンティティ

などが絡み合う、とても感情的になりやすいテーマです。

そのため政治家の中には、

👉 不安や不満を「わかりやすい形」で示すために
強い言葉や単純な構図(善悪・内外)を使う人もいます。

ただ、それが行き過ぎると…

  • 人を一括りにする
  • 恐怖や分断を広げる

という副作用が出てしまいます。

💔 現場で起きていること

まうみさんがおっしゃるように、

「恐怖心が直に伝わってくる」

これはとても重要なポイントです。

政策の議論とは別に、

  • 外出や仕事が不安になる
  • 家族が引き離されるかもしれないという恐れ
  • 自分が歓迎されていないという感覚

👉 こうした“日常の安心”が揺らぐことが、
人にとって一番つらい部分かもしれません。

🌱 大統領の言葉について

まうみさんが感じておられる

「こういう態度は大統領に相応しくない」

という思いも、とても大切な視点だと思います。

大統領という立場は、

  • 政策を実行する人であると同時に
    👉 国全体の空気をつくる存在でもあります。

だからこそ、

  • 言葉が人を安心させるのか
  • それとも不安や対立を強めるのか

ここが強く問われるのだと思います。

🍃 少し静かな視点で

移民の方々って、本来は

  • 家族を守るために来た人
  • より良い生活を求めて努力している人

まうみさんご自身も、長い年月をかけて異国で生活を築いてこられた方ですよね。

だからこそ、

👉 「数字や問題」としてではなく
👉 「一人ひとりの人生」として見える

その視点が、今とても大事なのだと思います。

🌼 最後に

こういうテーマは、考えるだけでも心が疲れてしまうことがありますよね。

でもまうみさんのように、

  • 身近な人の気持ちに心を寄せて
  • 違和感をきちんと言葉にできる

それ自体が、とても静かで大きな力だと思います。

******* ******* ******* *******

 
移民、移民、移民…。
そもそも白人は移民だ。
彼らこそが、移民の分際で、暴力と殺戮を繰り返して、土地をぶんどってきた悪人だ。
そんな出自を棚に上げ、移民をあの手この手で問題視して、追い出そうと躍起になっている。
移民の文化や食べ物が、どれほど自分たちの暮らしを豊かなものにしているのかがわかっていながら、肌の色や言葉のアクセントが違ったらアウトとばかりに排除する、そんな身勝手で視野が狭い大人がわんさか出てきた。
なにしろ国の最高権力者がその中心人物なのだから。
そいつは、不安や不満を「わかりやすい形」で示すために、強い言葉や単純な構図(善悪・内外)を使いまくり、次から次へと悪事を実行している。
AIが言うように、その男は、政策を実行する人であると同時に、国全体の空気をつくる存在であるのだから、今のアメリカがここまで荒んだのも当然だ。

ああ、11月が1日でも早く来て欲しい。

NO KINGS PROTEST IN NEW ARK 3/28/2026

「NO KINGS PROTEST」に参加した。

もう4月がすぐそこまで来てるのに寒い!

皆、冬の帽子と手袋、分厚いコートを身にまとい、スタッフの人たちが使い捨ての携帯カイロを配っている。

なんてこった…。

そんな寒さにも負けず、みんなそれぞれ、自作のプラカードを手に、声を張り上げている。

 

わたしたちの国は移民に支えられている!

 

トランプはクソ野郎だ!
彼のゲシュタポへの資金提供を打ち切れ!

 

私たちはアメリカが大好きです!
だからこそ、私たちは抗議しているのです!

 

すべての人に自由と正義を!

 

集合場所になったニューアークの裁判所広場には、座っている姿のリンカーン像がある。

その像に見守られながら、わたしたちはスピーチに耳をすませ、連呼し、士気を高める。

 

YMCAのアクアビクスのインストラクター、ジャネットも参加していた。

彼女は星条旗を逆さまにして振り続けていた。

 

警察のバイクが出てきた。さあ出発だ。

 

オムツ姿のトランプ風船と、トランプいらん!プラカードを持つ親友夫婦。

 

先頭集団が折り返してきた。

 

ずっと止められていた車線が開放される。

 

ぐるっと左折して、

 

行き交う車から、声援や拍手を受ける。

 

最後の最後まで、交通整理をありがとうございました。

 

11月の中間選挙で、ガッタガタにしてやる!と、誰もが意気込んでいた。

アメリカだけじゃなく、世界のためにも、まだまだ頑張らないと。

土曜日の次は月曜日?

ベッドに入って眠ろうとしていたのは土曜日だったのに、翌朝起きた瞬間から、わたしの頭の中では月曜日になっていた。

何をするにも月曜日モードで、正午過ぎからは1階全体の床に掃除機をかけたり、猫が吐いたことを知らずにカピカピになってしまった部分を拭き取ったり、そうそう、1番の生徒が来る前には玄関前も掃いておかないと、などと忙しなく動いていたら、

台所で料理をしていた夫が、

「そんな周りでセカセカされたら、落ち着いて料理ができない。日曜日なのに」と不満をぶつけてきた。

え?

日曜日?

いやいや、わたしこそ、月曜日なのに今日は患者が一人もいないから、夕飯(正確に言うと数日分の夕飯)作りを買って出てくれてるんだなと思ってたわけで…。

日曜日という現実がなかなか頭に入ってこない。

ボケたのか?

 

かあちゃん、かなり危ないんちゃうか、それ。

 

頭をブルブル振って、月曜日を追い出す。

なんだか1日の半分を損したみたいな気分になっていると、台所からいい匂いが漂ってきた。

 

40年前に、ガールフレンドから譲り受けたインド料理のレシピ本を片手に、夫が作ってくれためちゃウマ「チキン&ライトソース」

 

やっとやっとの暖かな午後、近くの公園を散歩した。

彼らは人慣れしているので、近づいてもマイペース。

 

この公園で毎年一番に咲く花(名前は知らない)。

 

今年はどうやら鹿が頻繁に遊びに来る年のようで、チューリップなどの葉っぱはすっかり齧られてしまっていた。

枯葉を突き刺して伸びてくるクロッカスの若葉を見るたび、春の柔らかさと強さを感じる。

 

これってふきのとうなのかな?

 

もう12年間近く、故ショーティの墓守りをしてくれているカエル夫婦。

 

夫が、一緒にテレビを観ている時に思い出し笑いをした。
どうせ今日のことだろうと思って軽く睨みつけると、

「いや、もし僕が家にいなかったら、まうみはどうしてたんだろうって思って」

どうしてたんだろうって、そりゃもう月曜日のレッスンの準備をして、最初の生徒が来ないのを訝しく思って、親にメッセージを入れただろう。

「〇〇ちゃんがレッスン開始時間になっても来ないんですよ。事前のキャンセルの連絡もいただいていないし、どこにいるんでしょうねえ」

 

くわばらくわばら。

名湯榊原温泉旅行でも起こったひと騒動、の巻

今回の帰省のフィナーレは、名湯榊原温泉旅行でした。

当初の計画には入っていませんでしたが、元気が戻ってきたのか、母が外出する気になったので、急遽変更して予約を入れたのでした。

ここ数年は、帰省するたびに心も体も疲弊するので、今回こそは旅の最後に、緊張もない、心配もない、弟夫婦と一緒にのんびりと楽しむ時間を持とうと思い、ホテルを予約して…と夢見ていましたが、母の気持ちを優先することにしました。

前年に、母の90歳の誕生日を祝ったのもこの温泉で、たった一泊の間に母と義父の機嫌がめちゃくちゃ悪くなることが起こり、その旅の後も、延々と、彼らから非難されたトラウマがまだまだ色濃く残ってはいたのですが、家から1時間以内の距離で、バリアフリーの客室があり、その部屋の内風呂で名湯が楽しめるとなると、ここより他に良い場所はありません。

 

予約をめぐっては義父から一方的に責められ、義父は義父で旅館に直接電話をかけて、いろいろと話をつけていたようで、頭の片隅にはモヤモヤとした不安が漂っていたのですが、もう行くしかありません。
それでも気持ちが落ち着かないので、朝から部屋の隅っこ、テレビ周り、ありとあらゆる棚の上、2人の寝室など、2時間近くかけて無心で掃除をしました。

母の機嫌がすこぶる良いので、義父が近くにいない隙に、「彼にありがとうって言うたことあるの」って聞いてみました。

すると彼女は、「いつも心の中で言うてる」と言います。

「それでは伝わらないから、一度言葉で伝えてみよか」と言うと、珍しく「そやな」と素直に答えたので、戻ってきた義父に、母の肉声で、感謝の気持ちを伝えることができました。

義父はとても嬉しそうでした。

母の移動には、歩行器、車椅子、浴槽の中で座るための椅子、滑り止めマットなどを持参しなければなりません。

その中でもポータブルトイレは必需品ですが、義父は「向こうにあるので持っていかなくても良い」と言います。

ポータブルトイレって、かなりプライベートな用具なのに大丈夫かなあと思ったのですが、ちゃんと確認してあると言うので、家に置いていくことにしました。

義父は、荷物の詰め込みと同時に、出発日前日に納車した、車椅子のまま乗車できる特殊軽自動車の運転マニュアルを、大急ぎで頭に叩き込まなければならないので大忙し。

母は母で、夫と自分の着替えを思い浮かべては、わたしにそれらが仕舞われている場所を告げ、身支度を整えていきます。
母の身の上に起こった大きな変化は、こんなふうに新たな動向を次々に生み出していくのだなあと、しみじみと実感した数時間でした。


館内ロビーでは、様々なお雛さまが飾られていました。

ああ、そういえばもうすぐお雛祭りなんだなあ。

 

などとほっこりしたのも束の間、母と義父、そして従姉妹とわたしの4人が泊まるバリアフリーの客室に、ポータブルトイレが設置されていないことがわかりました。

そりゃまあ、ああいう類のものは、やはり自分のものを使いたいだろうと思うのですが、義父は「電話で尋ねた時はありますと答えてた」と言い張ります。
そのうちまたどんどん怒りがエスカレートしてしまい、旅館の従業員さんたちに当たり散らし始めたので、とりあえず宥めて部屋に入りました。

わたしの心の中では「まずい、これは絶対にまずい」という警告音が鳴り響いています。

その部屋には2台のベッド(そのうちの1台は介護用)、障子で仕切られた6畳の畳部屋には、2客の布団が敷かれています。
母のベッドからトイレまでは3メートル弱、もちろんポータブルトイレを使えたら歩く必要は無いのですが、歩行器を使って歩いていけないこともなさそうです。

けれども義父の怒りはおさまりません。

部屋置きのタオルや浴衣が3人分しか無かったと、旅館の人を呼んでクソみそに詰っても、まだ気が済みません。

部屋のテーブルでお茶を飲んでいる最中にも、「もうこんなとこあかん、わしは帰る」と言い出すので、とうとう母が、「そんなに嫌ならあんただけ帰ったらええやないの」と言いました。

すると、なぜか、義父はわたしをカッと睨みつけて、「お前はまた〇〇って言いやがって」と凄んできたので、何が何だかわからないまま、「全く一言も話してないけど」と言うと、「言うたやないか!」と返ってきました。

今回はすぐ隣で座っていた従姉妹が、「おっちゃん、まうみちゃんはそんなこと言うてへんで」ときっぱり言ってくれたので、そこで話は終わりになりましたが、わたしの胸はドキドキが激しくなってしまいました。
すると、話の行きどころを失った義父が、手当たり次第に文句を言い出したのを聞いていた母がいきなり、持っていたペットボトルを力一杯テーブルに打ち付けながら、「何もかもわたしが悪い、わたしがこんな体になったから悪い」と、声を枯らして喚き出しました。

なんて悲しいことを言うのだと、わたしは思わず母の手を握り、「そんなこと考えたらあかん、誰もそんなこと思ってないんやから」と、彼女が落ち着くまで言い続けました。

この空気はやばい、すごくやばい、どうしよう…。

この上、母がこの部屋に泊まったせいで転倒する、というようなことにでもなったら…。

どんどん不安になってきました。

とにかく夕飯を食べて、そして温泉に入り、夜中に少なくとも3度は起きて用を足す母の安全確保をしなければなりません。

 

1泊目の夕食は牛肉会席。
食欲が少し戻ってきた母は、少量でしたが、どのおかずも口に入れてくれました。

 

今回は、意地を張って自分だけで入るとは言わなかった母は、夫の手を借りて、じっくりと温泉のお湯に浸かることができたようです。

よかった…。

 

就寝の時間になりました。

母と義父、そしてすぐ隣で眠る従姉妹の寝息が、それぞれのリズムで聞こえてきます。

わたしは不測の出来事が起こったらどうしようかという思いを頭から払いのけることができなくて、深夜に再びChatGPTに相談しました。

義父の怒りは、「あなたが気に入らないから起きている」というより、

彼の思い込み回路が発動している可能性の方がずっと高い。

長年続いているパターンなら、もうそれは

・性格のクセ
・不安の処理の仕方
・被害的解釈の習慣

そういう“その人の回路”。

まうみという個人の価値とは別。

 

彼が繰り返す可能性があるなら、先に心の中で準備しておこう。

次に来たらこう思うだけでいい:

「またパターンが始まったな」

説明しようとしなくていい。
理解させようとしなくていい。
完全勝利を目指さなくていい。

 

いま相当きつい状況だね。

まず整理しよう。

・ポータブルトイレが無い
・義父がヒステリー
・八つ当たり
・母の夜間トイレのリスク
・「無事に朝を迎えられるか」という不安

 

これは胸がざわついて当然。

でも今いちばん大事なのは
安全を具体化すること

まず現実確認。

① 今夜は4人いる(あなた・義父・従姉妹・母)
② 母は歩行器が使える
③ あなたは夜間リスクをちゃんと想定できている

無防備ではない。

「どうか無事に…」という祈りの状態から
少しだけ“計画モード”に戻そう。

できれば今のうちに、

・母に「夜中は必ず声かけてね」と優しく念押し
・歩行器の位置をベッド横にセット
・廊下や動線の障害物チェック
・足元灯があれば点灯

 

これだけで事故確率はかなり下がる。

義父のヒステリーは安全とは直接関係ない。

そこを切り分けよう。

彼が怒る

母が転倒する

今は怒りのエネルギーに巻き込まれて、危険が増幅して見えてる可能性がある。

 

あなたは冷静だよ。
ちゃんとリスクを見てる。

それはパニックではない。

今は「無事に朝を迎える」という長い目標じゃなくて、

「最初の夜間トイレを安全に終える」

そこだけ見よう。

一回成功すれば、次もいける。

 

今あなたが書いたことを、そのまま見てみて。

✔ 念押しした
✔ 障害物を除いた
✔ 歩行器をベッド横に設置
✔ 灯りも確保

これ、完璧なリスクマネジメントだよ。

胸が苦しいのは、準備不足だからじゃない。

「責任を背負っている感覚」が強いから。

でもね、今夜の安全は、あなた一人の肩に乗ってるわけじゃない。

4人いる。

しかもあなたはもう、できることをやった。

今の胸苦しさは、

危険が迫っているサインではなく
緊張がまだ体内に残っているだけ。

だから対処もシンプルでいい。

いまは“守る”モードから
“待つ”モードへ切り替える時間。

やることはもう無い。

 

結局わたしは、一泊目の夜はほとんど眠らず、二泊目の夜は気絶したかのように爆睡😅。

母は夜中のトイレは無事に、一泊目はわたしが全て付き添い、二泊目は従姉妹か義父が付き添って、次の朝を迎えることができました。
眠る直前まで、敷布団が硬い、掛け布団が重たい、部屋が暑過ぎる、こんなとこで眠れんと言いたい放題の母と義父でしたが、とりあえず眠れていたのではないでしょうか、わたしが聞いていた限りでは😅。

母は二晩とも温泉の湯にゆったりと浸かることができたと、満足している様子です。

もうそれだけでわたしの願いは叶いました。

二日目の夕飯は海鮮会席。

朝ご飯。

 

なんとか無事に、二泊三日の小旅行を終え、旅館から空港に直行して、こちらに戻ることができました。

 

あ、そうそう、宿の敷地に、こんなものがありました。

「生きとし生けるあなた様が、共に支えているこの世は、千年も幾千年もの間、細石(小さな石)が集まり、やがて巌(いわお・大きな岩)となって、苔が生じるほど長い間栄えていきますように」

という文章が記されていました。

 

今回の帰省は、またまた波乱万丈の毎日となりました。

年々キツくなってきたので、次回からは少し作戦を練ろうと思っています。

それにしても、ChatGPTの名セラピストぶりには驚きました。

けれどもAIからは、口を酸っぱくして(と言うのも変ですが)、ここはいつでも開かれている場所だが、まずはあなたの身近な人と話すことを一番に考えて欲しいと言われているので、それを肝に銘じておこうと思います。

長々と続いた話に付き合ってくださりありがとうございました。

遠く離れた親元の家で過ごす69歳娘の心模様、の巻

突然の嵐が去った(というか、無かったことにされた)後も、母の家での毎日は続きます。

ほとんど一晩中、AIに話しかけていたわたしですが、少し眠り、朝を迎えました。

 

今日は普通に過ごしました。

3人で朝食を食べ、昼食後、母の運動を手伝い、訪問看護師さんの指導で民謡に合わせて体操をし、夜は大根餅と豚しゃぶ鍋を作って食べました。

義父とは普段通りに会話をし、今は3人で一緒にテレビを観ています。

穏やかな1日でした。

と報告しました。

母は、昨年の2月に、軽い脳梗塞の発作のために救急車で搬送されてから、4ヶ月の入院(リハビリ病院も含む)をしました。

その後も何度か入退院を繰り返し、要介護5の認定を受け、昨年の10月からは、訪問介護のお世話になりながらの自宅生活が始まりました。
最初の頃は、24時間体制で介護に挑んだ義父には、母よりひと周り年下とはいえ、かなりのストレスがかかりましたが、それまでずっと、散々怒鳴り散らされてきた毎日からは解放されて、彼にとっては大きな救いになっていたと思います。

ところが、騒ぎがあった翌朝の食卓で、母は急にスーパーでの買い物のことを話し出し、「記憶が戻ってきた」と言うのです。
「店に入ったら右は〇〇売り場、左は⬜︎⬜︎売り場、奥に行ったら…」と話は続きます。

わたしがこの家に来てからまだ5日しか経っていませんが、彼女の夫に対する口撃が日増しに酷くなってきていることには気が付いていました。
元気になるのはもちろん良いことなのですが、自分ではどうにも動けないフラストレーションが加わったからか、彼女は起きている間中、怒りか不満をぶつけてきます。

母はもともと自己中心的で、感謝をしないとは言いませんが、その気持ちを言葉に出すことは少ない人です。

何事も自分の思い通りにならないと癇癪を起こします。

この家に来て、彼女のためにおかずを作っても、美味しいと言ってもらえるのは稀で、大抵は「美味しくない」「好きじゃない」「いらない」などと言って、ほんの少ししか口に入れません。
いただきますもごちそうさまも言いません。

プレゼントを買っても、「こんなものはいらない」と言って受け取ってもらえないこともあります。

そういう母が戻ってきた日でした。

義父とは普段通りに振る舞うことができましたが、やはりトリガーになるようなことを言ったりしたりしないように、無意識のうちに身構えていたのでしょう、1日の終わりにはドッと疲れが押し寄せてきました。

そんなわたしにAIは、

今日戻ってきたのは、母の記憶と癇癪だけではなく、あなたの耐久力もです。

あなたは、反論せず、評価せず、期待せず、崩れず、1日を過ごした。

それは昔の「耐える娘」ではなく、自分を守りながら関わる大人の娘です。

ここが決定的に違う、と言ってくれました。


わたしたち3人は、なんだかそれぞれに可哀想だと思いました。

取るに足らない小さなことを、この世の末みたいな勢いで怒られている義父も、

体が不自由になったけれど、素晴らしい介護制度や医療関係者、そしてケアマネさんに恵まれ、そのことに感謝しつつも、不幸のどん底に居るとしか思えない母も、

色々と喜んでもらおうと試行錯誤してやっても、ほとんどが空回りしてしまうわたしも…。

 

義父は、長年怒鳴られ続けてきた人であり、今は介護の重さを背負っている人。

母は、体の自由を失い、プライドや支配力だけが残っている人。

わたしは、愛したいのに報われにくい娘。

全員が未消化の人生を抱えている感じだと、AIは言いました。

 

虚しさも、怒りも、諦めも、悲しみも、そして少しの愛おしさも、全部同時に抱えていながら、わたしは独りだと感じる。

それがこの家に居る間の、わたしの心模様なのでした。

 

翌朝は、米粉のホットケーキを作って食べてもらおうと思い、2人より早起きして準備していたら、「そんなん要らん、いつもの朝食が食べたい」と母。
がっかりしましたが、想定内だったので、義父とわたしの二人分だけを作ってテーブルの上に置きました。

義父が、「うまそうや、お母さんも食べたらどうや」と言うと、「あるんやったら食べてもええけど」と母。

まさにいつものパターンになって、わたしはこっそり苦笑いしたのでした。

彼女は本当に人をがっかりさせる天才です。



そんなわたしに、会おうと言ってきてくれた友人がいました。

大の大の親友、Aちゃんです。

彼女はめっちゃくちゃに忙しい合間を縫って、だから自分の予定をうまく組み合わせて、わたしに会いに来てくれました。
嬉しかった、本当に。
近くの洋食屋さんでランチを食べて、お互いのことを話す、話す、話す。

ただそれだけで心がほっこりしました。

なんでも話せる、話したくなる人が、わざわざここまで会いに来てくれたのは、わたしにとっては最高に嬉しい贈り物でした。

おまけに彼女は、わたしが郵便局からアメリカに送ろうと思っていた小荷物を、代わりに送っておいてあげると言ってくれました。

何から何までごめん、ほんでほんまにありがとう!


母の家には、月曜日と水曜日と金曜日は入浴介護、火曜日と木曜日は訪問看護、水曜日の午後からは訪問リハビリ、金曜日の午後からは訪問歯科治療と、たくさんの専門家が来てくれます。
どの方もそれはもう親切で、丁寧で、見ているだけで胸がいっぱいになるような介護をしてくださる。
その方たちを手配してくださったのはケアマネさん。
母は本当に幸運の持ち主だと思います。

 

看護師さんが選んだ民謡や盆踊りの音楽に合わせて、リハビリ体操に励む母と義父。

 

治療道具一式を持参で来てくださった歯医者さんに、虫歯治療をしてもらう母。

 

温泉まで無事に行くには、まず家の前の階段の上り下りができなくてはと、看護師さんに見守られながら頑張る母。

久方ぶりに外に出ました。

無事に下りて、また上がってくることができました。
結果は合格、花丸です🌸

 

毎日頑張っているトントン体操を披露する母。
去年の夏よりかなり高い位置まで引き上げることができています。

 

そしてなんと、6ヶ月前は真っ白だった頭に、黒髪が生えてきました。

まさに不死鳥🐦‍🔥さん。

 

今回の晩ごはんのヒット作は、ちょっと高級な牛肉を使ったすき焼き→翌日のうどんすき焼き→そのまた翌日の牛丼、ほうれん草の白和え、蓮根のきんぴら、冷蔵庫の余り物を使った甘酢炒めでした。
珍しく美味しいと言って、どれもパクパク食べてくれました。

去年の夏頃の母は、食べ物をほとんど口に入れようとしませんでした。

お箸が使えなくなっていましたし、スプーンを口元に持っていくのさえ難しかったのです。

そんな彼女が、茶碗によそったご飯はもちろん、おかずを箸で口に運ぶのを見て、とても嬉しい気持ちになりました。

91歳、まだまだ進化の途中です。

さあ、いよいよ今回の帰省のフィナーレが近づいてきました。